2014年05月01日
マリブカヤックス プロ2タンデム
(注:写真に写っているのはいずれも私ではありません!)
家を新築したあと、名水マニア?の私は、地下水を求めて井戸掘りをした。
かつて名水の湧く神社に通って、ご飯を炊く水をタンクで持って帰っていた私。
しかし、結局新居では水が出なくて、泣く泣く返金に。
それが昨年の冬のこと。
↑
我が家の薪ストーブ ドブレ ヴィンテージ50
そのお金を元手に、前から買いたかったカヤックに手が届いた。
結論。水が出なくてよかった!
もちろんいちがいに比較できんけど、カヤックの方が一万倍おもろかった。
マリブカヤックス プロ2タンデム。
偶然、安くで手に入れられたカヤック。ショップの方に申し訳ない気持ちです。…そして少し、後ろめたさも。
なんか…すいません。。
でも、なんでかハッチがないマニアックなスタンダードタイプだった。
でも、浸水が怖いカヤックにとって、ハッチがないのは考えようによっては少しメリットらしい。
たしかに、一旦海に出れば、手狭なカヤック。足先のものをとるのも一苦労やし。
あってもハッチはなかなか使う機会がないものと聞いた通り。
タフに使いまくって、使い方が見えてきたら艤装していく予定です。
子どもも一緒に遊べるタンデムタイプ。
しかしまだ子どもを乗せたことはない・・・
そして、こうして車の上にカヤックが乗っている姿を見ると、なぜかなつかしい。
というのも、実は私は元ウインドサーファー。
大学時代、こんな感じでボードを何枚もてんこもりに車載して、日本各地に遠征してました。
だから車載もばっちり。
そういえば、当時、めちゃくちゃ危ないけど、積みが甘くて高速道路にボード落としてるやつもいたんすよー
車載は一歩間違うと、こわいっす“
ウインド歴を活かし、練習必須といわれるカヤックの再乗艇も一発で成功。
だって、沈が当たり前のウインド時代に死ぬほどやったから。暴風、隣の人が見えないくらいのうねりの中でずっとやってたし、そらーわけないハズ。過信はこわいけど…
日差しがジリジリ熱い時は、釣りの合間に自ら海に飛び込んで再乗艇、という荒技も可能。(注:マネしないでください!)
ウインドやってたので、海は怖いけど、大好きです。
白波みると武者震いするとか。
20m以上吹くと、風のなかの自分は暴力の中を進むようです。
人間なんて自然の前ではちっぽけな存在。ぶっとばされまくり。
でもその無力感がなぜか気持ちいい。サーフィンもそういうとこありますね。
(もちろんカヤックでは、4m以上は出ないようにしてます!)
でも、ウインドでは酔ったことない自分なのに、カヤックではうねりが強いと酔うんです。またまた発見。
2014年05月01日
釣りとその記憶と
祖父は釣りが大好きだった。休日ともなれば座敷にアユ竿を広げては、ためつすがめつ。
しわの刻まれた手で丁寧に道具を棚に小分けにして、楽しそうに仕掛けづくりをしていたのを記憶してる。
うってかわって自分と釣りといえば子供のころ近くの川でハイジャコを釣っていたくらい。
ハイジャコはアホなので、田んぼの土を餌に、いくらでも釣れた。
ていうか、ハイジャコはもんどり(知ってる?)という仕掛けでやると、いくらでもとれる。
だから、釣りするなんてちょっと高度だった。

釣れた魚は、声が良くなるように、すりつぶしてトリの餌にしたっけ。
そもそも食えない魚を釣る意味がわからんかった
こうして祖父からプレゼントされた釣りのボックスの中身は使われることなく、砂つぶみたいな鉛を廊下に転がして遊んでいた。
いつか連れて行ってもらったハゼ釣りも、祖父がもともとやっていたわけではなく、これなら子どもでもできると始めたことを母に聞いた。
今思えば、きっと、祖父は私に釣りの喜びを伝えたかったんだろう。
そんな祖父の記憶と、釣り。
記憶のかなたにあった釣りがまたもう一度自分の前にやってきたのは一年前のこと。

こんな自分にも子どもが生まれた。
どうせ子どもと遊ぶなら、お父さんもいっしょに楽しめる方がいいハズ。
そんなわがままな考えの行き先が、子どもと釣りをすることだった。
手軽だと思って始めたアジのサビキ釣り。最初は豆アジから。
偶然座った釣座の、隣の地元のおじいさんがめちゃくちゃうまい。どんどん釣れる。
数メートル横のあの人は釣れるのに、なぜ釣れない?
もんもんとした気持ちと、試行錯誤が始まる。

ともあれ、アジは手軽で、とってもおいしい。
やっぱり刺身にできる大きいアジが釣りたい!食べられるって素晴らしい。

いつの間にか、尺アジを求めて子どもと夜中に港に通ってた。
(注:見ての通り、いまだ、尺は釣れてません!!)

そして…カヤックとの出会い…。
しわの刻まれた手で丁寧に道具を棚に小分けにして、楽しそうに仕掛けづくりをしていたのを記憶してる。
うってかわって自分と釣りといえば子供のころ近くの川でハイジャコを釣っていたくらい。
ハイジャコはアホなので、田んぼの土を餌に、いくらでも釣れた。
ていうか、ハイジャコはもんどり(知ってる?)という仕掛けでやると、いくらでもとれる。
だから、釣りするなんてちょっと高度だった。
釣れた魚は、声が良くなるように、すりつぶしてトリの餌にしたっけ。
そもそも食えない魚を釣る意味がわからんかった
こうして祖父からプレゼントされた釣りのボックスの中身は使われることなく、砂つぶみたいな鉛を廊下に転がして遊んでいた。
いつか連れて行ってもらったハゼ釣りも、祖父がもともとやっていたわけではなく、これなら子どもでもできると始めたことを母に聞いた。
今思えば、きっと、祖父は私に釣りの喜びを伝えたかったんだろう。
そんな祖父の記憶と、釣り。
記憶のかなたにあった釣りがまたもう一度自分の前にやってきたのは一年前のこと。
こんな自分にも子どもが生まれた。
どうせ子どもと遊ぶなら、お父さんもいっしょに楽しめる方がいいハズ。
そんなわがままな考えの行き先が、子どもと釣りをすることだった。
手軽だと思って始めたアジのサビキ釣り。最初は豆アジから。
偶然座った釣座の、隣の地元のおじいさんがめちゃくちゃうまい。どんどん釣れる。
数メートル横のあの人は釣れるのに、なぜ釣れない?
もんもんとした気持ちと、試行錯誤が始まる。
ともあれ、アジは手軽で、とってもおいしい。
やっぱり刺身にできる大きいアジが釣りたい!食べられるって素晴らしい。
いつの間にか、尺アジを求めて子どもと夜中に港に通ってた。
(注:見ての通り、いまだ、尺は釣れてません!!)
そして…カヤックとの出会い…。